日記
2006年 07月 25日
不時着して一日目
暑い。私がこの星に対して抱いた感想はその一言だ。とにかく暑い。宇宙服を着こんで、なおかつこの船の中に引きこもってはいるが、体感温度は40度に近い。
この船には冷房設備も備わっているが、迂闊に使用すると生命維持装置に回すエネルギーも失ってしまう。どちらにせよ緩慢に死に向かう運命の私ではあるが、それでも希望を捨てることは私の主義に反した。可能性としてははなはだ低くはあるが、我が愛する母国が私の救助を計画しているかもしれない。
その可能性に賭け、私は一時の快楽を捨てて、苦痛の生を選ぶことにしたのである。
現時点での問題は水、食料、この惑星の強烈な外気温、それに加えて外に満ちた高濃度の放射線だ。幸い、この宇宙服には宇宙での船外作業用に対放射線対策も施されている。地球と違い二十四時間周期ではないが、この星にも昼夜の差はある。
明日の夜、私は船外に出てこの惑星を探索してみることにする。この惑星が生命のいない星でないことを祈るばかりである。
不時着して三日目
幸いにも、この星には酸素が存在した。そのうえ、この濃度の放射線が満ちた環境にも生命が存在していたのである! 全く予想外の出来事に、私は自身の現在の状況も忘却して興奮した。
しかし絶望した出来事もある。この惑星には水が存在しない。元から水素が存在しないのか、それとも他の物質で代用されているのかはわからない。とにかく、私が一日で行動可能な範囲では水が存在しないのだ。尿をろ過して水を生成する装置も勿論装備されてはいるが、いずれ水が足りなくなる日は近い。
放射線濃度は相変わらず濃い。この宇宙船内でも宇宙服を脱げないほどだ。身体中が痒くて仕方が無い。
不時着して五日目
喉が渇いた。水が無いのがこれほど辛いとは思わなかった。ぼそぼそのレーションを胃に流し込むには水が必要不可欠だ。無理矢理に押し込めば食べられないことも無いが、その代償として貴重な唾液をすべて吸い取ってしまう。
とにかく喉が渇いた。ああ、地球が恋しい。私は今なら誰かが入浴した風呂桶の水でも甘露に思えるだろう。ああ、これだけ遠くはなれてようやく故郷の大切さが身にしみる。私の故郷は地球だ。最近では夢で故郷の事を見る。しかしガイガーカウンターのメーターが、ここが地球で無いことを示すのである。
不時着して十日目
神よ! おお神よ! 何故私にあのような恐怖を与えるのか!
私は酷い喉の渇きに耐えかねて外に出た。既に宇宙服は肌と同じ感覚で着こなせる。私は日陰を選んで歩いた。ここ数日で学んだことで、日陰は日向と違い実に快適なのだ。この星の生物も基本的に日陰に生息している。
そこにいたのだ! 冒涜的で退廃的な形状をしたものが!
確かにこの星の生物は故郷の生物たちとは一線を隔した形状をしているが、それでもまだ合理的の範疇にとどまっており、機能美を感じ取ることができる。
しかしあれは違った! 神よ! 合理性を無視したおぞましい外見を持つあの奇怪な何か! 不定形の触手と糜爛した肌を持った、一見して狂気を感じることのできる何かだ! しかもよく見れば二本の足で直立しているではないか! 人間の下半身に糜爛したイソギンチャクを無理矢理生やしたような、そんなおぞましい形状だ!
私は恐ろしい。私にできることはこのたった一つの私の領地に引きこもり、一歩も外に出ないことだ。
おお神よ、私を守りたまえ!
不時着して二十日目
水がほしい水がほしい水がほしい
不時着して二十日目
ここ二週間は錯乱状態に陥っていたため、満足に記録を取ることも出来なかったが、今日は何故か精神状態が安定している上に、夢でなにやら奇妙なものを見たので書き留めておくことにする。
私が眠っていると、私の枕元になにかの気配があった。久しぶりに感じる人の気配のようだった。しばらくして声がした。喋りなれないものが無理矢理我々の言葉を話すようなたどたどしい口調だった。
「私・君・(聞き取れなかった)・シタ・感謝・必要ない・この宇宙・(聞き取れなかった)・皆」
それだけ話すと、気配は消えた。酷く現実感のある夢だった。
不時着して一ヶ月
肌と宇宙服が癒着してしまったような感覚がある。表面の温度すら分かるほどだ。
今日はレーションが底をついたので、外から蛙に似た生き物を捕まえてきた。味は鶏肉に似ている。ひどく美味だ。こんなに美味いものは生まれて初めてだ。
浄水器とガイガーカウンターが壊れた。もう意味を成さないからかまわない。
不時着して二ヶ月
最近では正気を保つのも難しくなってきた。気がつけば外に出て、そこらへんの生物をむさぼり喰らっている。とても美味い。理由は分からない。
不時着して日が三十一回沈んだ。違った、六十二回だった。時間の感覚があわない。もう救助に来てもいいはずだ。理由は分からない。美味い。怒りが湧いた。
私は正気では無い。理由は分からない。肌がかさかさだ。手入れしなくてはならない。そういえば水を飲んでいない。火は必要ない。
不時着して四ヶ月
(判別が不可能なほどに乱雑な字で書かれている。かろうじて判別可能な単語だけを拾い集めた)
怒り 感じる
激しい怒り
修理する 宇宙船 破壊
復讐 炎 焼く
(日にちの記載は無い)
完成 怒り
最後の記述(文字のかすれから見て、随分前にかかれたものだと推定される)
この星には名前が必要だ。私が少しでもこの星に愛着を感じるために。放り込まれたこの境遇を甘受するためにも。
この星は、私の名前から“ジャミラ”と名付けることにしよう。
(以上、科学特捜隊資料部の資料より抜粋した。なおこの文書はムラマツ隊長の許可を得てここに掲載している)
暑い。私がこの星に対して抱いた感想はその一言だ。とにかく暑い。宇宙服を着こんで、なおかつこの船の中に引きこもってはいるが、体感温度は40度に近い。
この船には冷房設備も備わっているが、迂闊に使用すると生命維持装置に回すエネルギーも失ってしまう。どちらにせよ緩慢に死に向かう運命の私ではあるが、それでも希望を捨てることは私の主義に反した。可能性としてははなはだ低くはあるが、我が愛する母国が私の救助を計画しているかもしれない。
その可能性に賭け、私は一時の快楽を捨てて、苦痛の生を選ぶことにしたのである。
現時点での問題は水、食料、この惑星の強烈な外気温、それに加えて外に満ちた高濃度の放射線だ。幸い、この宇宙服には宇宙での船外作業用に対放射線対策も施されている。地球と違い二十四時間周期ではないが、この星にも昼夜の差はある。
明日の夜、私は船外に出てこの惑星を探索してみることにする。この惑星が生命のいない星でないことを祈るばかりである。
不時着して三日目
幸いにも、この星には酸素が存在した。そのうえ、この濃度の放射線が満ちた環境にも生命が存在していたのである! 全く予想外の出来事に、私は自身の現在の状況も忘却して興奮した。
しかし絶望した出来事もある。この惑星には水が存在しない。元から水素が存在しないのか、それとも他の物質で代用されているのかはわからない。とにかく、私が一日で行動可能な範囲では水が存在しないのだ。尿をろ過して水を生成する装置も勿論装備されてはいるが、いずれ水が足りなくなる日は近い。
放射線濃度は相変わらず濃い。この宇宙船内でも宇宙服を脱げないほどだ。身体中が痒くて仕方が無い。
不時着して五日目
喉が渇いた。水が無いのがこれほど辛いとは思わなかった。ぼそぼそのレーションを胃に流し込むには水が必要不可欠だ。無理矢理に押し込めば食べられないことも無いが、その代償として貴重な唾液をすべて吸い取ってしまう。
とにかく喉が渇いた。ああ、地球が恋しい。私は今なら誰かが入浴した風呂桶の水でも甘露に思えるだろう。ああ、これだけ遠くはなれてようやく故郷の大切さが身にしみる。私の故郷は地球だ。最近では夢で故郷の事を見る。しかしガイガーカウンターのメーターが、ここが地球で無いことを示すのである。
不時着して十日目
神よ! おお神よ! 何故私にあのような恐怖を与えるのか!
私は酷い喉の渇きに耐えかねて外に出た。既に宇宙服は肌と同じ感覚で着こなせる。私は日陰を選んで歩いた。ここ数日で学んだことで、日陰は日向と違い実に快適なのだ。この星の生物も基本的に日陰に生息している。
そこにいたのだ! 冒涜的で退廃的な形状をしたものが!
確かにこの星の生物は故郷の生物たちとは一線を隔した形状をしているが、それでもまだ合理的の範疇にとどまっており、機能美を感じ取ることができる。
しかしあれは違った! 神よ! 合理性を無視したおぞましい外見を持つあの奇怪な何か! 不定形の触手と糜爛した肌を持った、一見して狂気を感じることのできる何かだ! しかもよく見れば二本の足で直立しているではないか! 人間の下半身に糜爛したイソギンチャクを無理矢理生やしたような、そんなおぞましい形状だ!
私は恐ろしい。私にできることはこのたった一つの私の領地に引きこもり、一歩も外に出ないことだ。
おお神よ、私を守りたまえ!
不時着して二十日目
水がほしい水がほしい水がほしい
不時着して二十日目
ここ二週間は錯乱状態に陥っていたため、満足に記録を取ることも出来なかったが、今日は何故か精神状態が安定している上に、夢でなにやら奇妙なものを見たので書き留めておくことにする。
私が眠っていると、私の枕元になにかの気配があった。久しぶりに感じる人の気配のようだった。しばらくして声がした。喋りなれないものが無理矢理我々の言葉を話すようなたどたどしい口調だった。
「私・君・(聞き取れなかった)・シタ・感謝・必要ない・この宇宙・(聞き取れなかった)・皆」
それだけ話すと、気配は消えた。酷く現実感のある夢だった。
不時着して一ヶ月
肌と宇宙服が癒着してしまったような感覚がある。表面の温度すら分かるほどだ。
今日はレーションが底をついたので、外から蛙に似た生き物を捕まえてきた。味は鶏肉に似ている。ひどく美味だ。こんなに美味いものは生まれて初めてだ。
浄水器とガイガーカウンターが壊れた。もう意味を成さないからかまわない。
不時着して二ヶ月
最近では正気を保つのも難しくなってきた。気がつけば外に出て、そこらへんの生物をむさぼり喰らっている。とても美味い。理由は分からない。
不時着して日が三十一回沈んだ。違った、六十二回だった。時間の感覚があわない。もう救助に来てもいいはずだ。理由は分からない。美味い。怒りが湧いた。
私は正気では無い。理由は分からない。肌がかさかさだ。手入れしなくてはならない。そういえば水を飲んでいない。火は必要ない。
不時着して四ヶ月
(判別が不可能なほどに乱雑な字で書かれている。かろうじて判別可能な単語だけを拾い集めた)
怒り 感じる
激しい怒り
修理する 宇宙船 破壊
復讐 炎 焼く
(日にちの記載は無い)
完成 怒り
最後の記述(文字のかすれから見て、随分前にかかれたものだと推定される)
この星には名前が必要だ。私が少しでもこの星に愛着を感じるために。放り込まれたこの境遇を甘受するためにも。
この星は、私の名前から“ジャミラ”と名付けることにしよう。
(以上、科学特捜隊資料部の資料より抜粋した。なおこの文書はムラマツ隊長の許可を得てここに掲載している)
by rockaway-beach
| 2006-07-25 19:01
| SS